制裁

 

「反町っ!日向が救急車で運ばれたって本当かっ?!」

救急センターのドアを勢いよく開けて若島津は入ってきた。

 

若島津は大学病院に勤務するかたわら、東邦学園高等部で週に3回校医をしている。日向少年はその東邦学園の2年生で国内外でも名を知られているサッカー選手だ。そして、なんとこの若島津のこ・・・コイビトだったりする。

 

看護師に「静かにしてください。」と注意され、頭を下げつつ足早に反町に近づく。いかにも心配でたまらないという若島津を反町は面白そうに眺め、ボソリと呟いた。

「お前って、いまだに日向選手にべた惚れなんだ。」

彼の言っているのはサッカー選手の日向に、という意味だとわかっているのだが、イケナイコトをしている若島津はいかにも「はい、そのとおりです」とばかりに真っ赤になってしまう。

「別に。俺は東邦の生徒だから来ただけで・・・。ところでっ日向の状態は?」

 まだ何か言いたげな反町をギロリとにらみつける。そんな仕草も反町にとってはかわいいだけだったが、日向のカルテを取り出し、病状を説明した。

「階段から落ちたらしいよ。体中打撲が多いけど、どこも骨折はないな。念のためCTもとったけど、内臓も頭も大丈夫。今日は安静保持のために1日だけ病院に泊まってもらうつもり。」

 良かった。

 安心して涙が出そうになる。

 ・・・が、しかし。

 反町の次の一言で涙はこぼれるどころか引っ込んでしまった。

「どうやら睡眠不足みたいだな。落ちた原因は。半分眠ってて足踏み外したらしいぜ。今もぐーすか眠ってるし。」

 なんだとぉ?!

 プロを目指してるなら体調の自己管理くらいはしろ、とあれだけ言ってるのに、寝不足だと?!

 ・・・・・・。

 あ      ったまきた。

 若島津の顔は怒りでみるまに白くなり、瞳は赤く燃えている。背中では見えない炎がメラメラと音を立てているようだ。付き合いの長い反町でさえ、こんなに怒っている若島津は初めてで、思わず2・3歩あとずさってしまった。ちょっと怖すぎだわよ、健さん。

「本人に説明は?」

「いや、ずっと眠ってるし、まだ何も。」

「じゃ、俺が言う。」

 いいよな、と有無を言わせない力強さでそう言うと若島津はカルテを抱えて、日向の寝ている部屋へと向かった。

 反町は「さわらぬ神にたたりなし」とばかりに若島津の背中を見送り、日向の無事を祈りつつ心の中で十字をきった。

 

 

 

 日向が目を覚ますと見たことのない白い天井だった。

 ここはどこだろう?それにしても、久しぶりに良く眠ったような気がする。

「ひゅうが?」

 近くで聞きなれた声がする。隣を見ると瞳に涙を浮かべた若島津が座っていた。

「良かった。目が覚めて。」

 若島津は、にっこりと嬉しそうな表情を浮かべて、起き上がろうとした日向の肩を押しとどめた。

「お前、階段から落ちて今まで気を失ってたんだぞ。」

 そういわれてみると体中がギシギシと痛む。

 思い出した。

 最近、夜あんまり眠れなくて、階段下りる時ついうとうとして足踏み外したんだった。睡眠不足の原因はわかってる。センセイのことを考えると眠れなくなってしまうのだ。

「骨や内臓関係は大丈夫だったんだけど・・・小さい外傷性の脳内出血があるんだ。出血が広がるとサッカーどころか、二度と歩けなくなるらしい。」

 安心させるように日向の頭をそっと撫でる。

「でも、今日1日安静にして横になっていれば、出血は止まって何の障害もないんだ。だから今日は何があっても起き上がるなよ。」

 日向はサッカーができなくなるかも、と青くなったが、今日1日さえ安静にしていれば何の問題もないことを知り安堵のため息をついた。

若島津の瞳から涙が溢れ出した。

「馬鹿野郎。俺がどんなに心配したか。」

「ごめん。」

 大切なセンセイを泣かせてしまったことに胸が痛む。

 俺のせいでセンセイを泣かせるなんて。いつもセンセイを守りたいって思ってんのに。

キレイな顔が静かに近づいてきて、深く唇が重なる。今まで若島津からこんな口付けをされたことはなかった筈。軽い口付けならくれるけど、激しい口付けはいつも自分からだった。

 日向は驚きはしたが、すぐに若島津の唇に夢中になった。両腕を若島津の背中に回し、少し力を入れて引き寄せると、素直に上半身を日向の胸に預けてくる。

 そのままを両手を脇に滑らせると若島津は耐えられないと小さく身じろぎ掠れた甘い声をこぼした。それは日向の好きな声で、自分の中心に痺れるような痛みが走る。その痛みに思わず眉をしかめた。

 若島津はそんな日向に気付いたのか、濡れた瞳で切なそうに見つめ、首筋に顔をうずめた。そっと唇を滑らせながら、右手は横たわっている男の中心へとのばし、布越しに優しい刺激を与える。

「センセイ・・・?」

 若島津の甘い声と、濡れた瞳と、切ない表情だけでも、もう十分に気分は高まっているのに、そんな風に触れられると、自分自身が抑えきれなくなる。

 ひとつになりたい。今すぐに。

「気持ちいい?」

 首筋に顔をうずめたままで尋ねてくる。表情は見えないが、艶を含んだ声で、自分の熱が更に煽られたのを感じた。

「・・・っ。すっげーいいよ。もう、ガマンできない。」

 切れぎれの声で答えると、急に若島津はガバリと起き上がった。

 日向の頬を両手で掴み、左右にびろ〜んと引っ張る。

「ヒェ・・・ヒェンヒェイ(セ・・・センセイ)?」

 驚いて見上げると、そこには鬼と化した若島津がいた。美人なだけに迫力がある。

「お前な、体調の自己管理くらいちゃんとしろっていつも言ってるだろ?

 寝不足で階段転落だあ?一生そのまま寝てろ。」

睨みながら静かにそう言うと、若島津はスタスタと部屋を出て行こうとする。

「え?ちょ・・・ちょっと待てよ。」

 俺は一体どうしたらいいんだ?

 すっかり盛り上がってしまっている身体をもてあましてる日向は情けない声をあげてしまった。

「これに懲りたら、ちゃんと体調管理くらいしろ。」

 今日1日はちゃんとそのまま寝てろよ。

 そう言い残して、本当にセンセイは出て行ってしまった。

 マエにもこんなことあったよな。せっかくのチャンスなのにモノにできなかったことが。

 保健室でセンセイを布団の中に引き入れたけど何もできなかったっけ。頭が痛くて。

 日向は深く反省した。

 こんなことはもうしない。いつでもえっちできるようにちゃんと体調を整えておかなければ!

 

 

 若島津センセイの身をもっての指導のおかげで、それからの日向は自己管理ができるようになったとか。

 

 めでたしめでたし。